ヨッシーアイランドの解釈の一例

序章

1

視界が霞んでゆく。

人が死ぬ時、今までの人生が走馬灯のように蘇る、ってのは本当らしい。

逃げ出したサーカスのゴリラを追い掛けて町中走り回ったこと。ビルの解体作業中に崩れる瓦礫に押し潰されかけ、命からがら逃げたこと。そして、住宅の配管工の職に就き、町の水の利便を支えたこと。些細なことから重大なことまで、俺に一生を復習させようとするように、目の前に現れては消えていく。思えばいろんな職に就いて来たもんだ。

目まぐるしく変化する光景の中に、ふと、親しい顔が現れた。青いつなぎに緑の帽子、口ヒゲをたくわえた背の高い男が、こっちにスパナを手渡そうとしていた。兄弟のような暖かな感覚を覚えて手を伸ばそうとすると、とたんにその姿は、濃い霧のむこうに、とおざかっていった。今のばしょは…あのおとこは……

いよいよ、もうろうとしてきた。――もうすこし、ながく、生きていたかった――。


ぼくはゆっくり、目を覚ました。ぼくのまわりには、くっきりとまっ白い空間が、広がっていた。

なにもない、しずかな時がながれていくのを待っていると、右どなりにだれかのけはいを感じた。ぼくはそっちにかおを向けた。みどり色のぼうしをかぶった、ちいさな人が、すわっていた。とっさに、言葉がひらめいた。

「――おとうと。」

「にいさん――。」

ぼくの言葉に、‘おとうと’は答えた。

‘おとうと’のこころと、ぼくのこころとが、つながったのを感じた。ふわっと暖かいものに包まれた。ぼくらは、そのままだまって、待っていた。


目の前にふっと、ぼくらのどちらともぜんぜん似ない、白いすがたがあらわれた。ほそ長いあし、ほそ長いくびをしていた。

ぼくは問いかけた。

「だれ?」

おだやかな声で、その人は答えた。

「私はコウノトリ。あなたたちを、お父さんとお母さんのもとへ届ける者です。」

ぼくが口をひらこうとすると、おとうとがたずねた。

「おとうさん、おかあさん?」

「あなたたちを育んでくれる人。あなたたちはこれから、命を享けて、お父さんとお母さんの所に双子として生まれるのですよ。」

「どこにいるの?」

こんどこそ、ぼくがきいた。

「ここから海を越えた大陸の、キノコ王国の西側にある、田舎の村です。あなたたちは、そこで大きくなって、いつか王国にとって大事な役割を果たすはずです。」


ぼくらはこの人から、‘命’について、‘親子’について、‘双子’について、なが〜い話を聞かせられた。ほとんどがわからないことだったけれど。


ぼくは、もうひとつ質問した。

「こうのとりをやってて、たいへんなことは?」

コウノトリは、少しおどろいた顔をしてから、ふふっと笑った。

「そりゃもう、スケジュール詰んでる時ですよ。一日に二十件とかやってらんないっすよね実際。この前だって――」

よくぞきいてくれました、って感じでしゃべりはじめた。でもぼくにはよくわかんなかった。おとうとがあくびをした。ぼくもそんな気分だった。


コウノトリがべらべらとしゃべってる間、おとうとが、ぼくの、少ないうしろ髪を引っぱってきた。やめてほしかったので、その手を押しのけた。おとうとは、こんどは押してきた。ぼくも押しかえした。おとうとはひっくりかえった。

2

ヨッシーと謂う生き物を御存知だろうか。丈は人間と同じくらい、二足歩行をする恐竜の様な骨格を持つ。乾燥した皮膚はゴツゴツが無く滑らかになっていて、白い腹部を除いて個体毎に七色に全く異なる鮮やかな体色は、初めて見る者を例外無く驚かせる。気性は総じて穏やかで、大概は少数の個体で群れになって生活する。又、雑食性で、長い舌を自在に操って口に運んだ物を、片手に収まるくらいの大きな卵にして出す特殊な能力を備えている。此の卵は鳥類の様に堅いが、普通空っぽなので、ヨッシーたちは此れを道具として投げて用る。多くは赤色の鞍を好んで肌身離さないのだが、誰かを乗せると云う目的も無く、理由は定かでない。

然て、此所は、キノコ王国の遥か南の洋上に浮かぶ大きな島。豊かな自然を擁し、低地の一部は熱帯性の気候であり乍ら、島の北側に連なる山々には雪さえ積もる。数多くのヨッシーたちが暮らす此の島は、〈ヨッシーアイランド〉と名付けられた。


夜明け前の暗い空に、星たちが最後の輝きを放つ下、墨色の闇を湛えて山麓に広がる森の一角で、数人のヨッシーたちが眠りに就いている。眠っているのは、水色・紫色・赤・黄・茶色・緑のヨッシー。

赤と黄色がだらしなく投げ出した其れ其れの裸足が茶色の腹の上に交叉し、茶色は息苦しそうに呻いている。やがて茶色が寝返りを打つと、辺りには木の葉のさざめき以外に一切の音が聞こえなくなった。

横向けになって寝転がった緑ヨッシーは、うっすらと目を開けた。数回瞬きをする。直ぐ隣に横たわる水色を起こさない様に注意し乍ら、枯れ葉の積もった柔らかい地面に片肘を突いてそっと起き上がる。坐り込んだ儘一度大きく伸びをし、ぐるりと辺りを見回した。

高い木々の挟間にぽっかりと開けた、直径十歩程の空間。枝葉の間を擦り抜けて降りて来た弱々しい月影が、ぼんやりとして、地面とヨッシーたちとの上に揺れる。時折、遠くから寂し気な鳥の声が聞こえる。

「起きたか。」

低い声が、静けさを破った。一瞬肩を竦めてから再度周囲に視線を走らせる緑。広場の丁度真向かいの位置の、木の陰になった暗がりに、深い色合いのヨッシーの姿を認めた。

「青か、早いんだね。」

「お前らみたいに夜明け迄寝てる方が、俺には無理だ。」

青は一本の木に凭れて坐り、布切れか何かで卵を磨いていた。手を止めも,首を上げもしない。

「なんでタマゴなんて磨いてるの?」

「暇潰し。」

緑は、苦笑と嘆息との中間辺りの息を漏らして、足許に転がる赤い長靴に手を掛けた。其れを自分の左足の前に持って来て足を通そうとすると、而し、突如「おっはよーぅ!」と云うあっけらかんと締まりの無い声が後頭部を直撃して緑は地面に伸びた。水色もびっくりして飛び起きてしまった。

「も、桃色?」

緑が衝撃にへこたれず起き上がって振り向くと、鼻先が弾力の有る白い物にぶつかった。少し後ずさって何者かを確認する。

「みんなの朝ごはんのくだものをとってたんだよ。めずらしいねー、緑がもう起きるなんて。きょうは三番のりだね!」

「あ、ああ、おはよう…。」

白いのは桃色のお腹だった。両腕に、大きな一枚の木の葉を折って作った器を抱えていて、其所から色取り取りの木の実が覗いていた。朝っぱらからの此の元気、緑はぺしゃんこに圧倒されるしか無かった。

「無理やり四番乗りにされたのがここにいますけど……」

水色が萎れた声でぼそぼそと不平を零した。桃色は器を片手に持ってもう一方の手で赤い果物を一個取り、緑に差し出した。

「食べる?」

緑は、ふるふると首を振った。桃色は「そう」と一瞬残念そうな顔をして、手の中の木の実を自分の口に抛り込んだ。水色が横で呟いた。

「ぼく、貰っていいかな……」

「…さて、散歩にでも行こうかな。」

緑は両足を靴に収めると、ひょいと立ち上がった。

「早う行け。」

此処迄の誰とも違う声だった。いつの間にか水色の直ぐ後ろに、紫色のヨッシーがゆらりと立ち上がっていた。

「むらさき、四番のりだねっ!」

「あの、ぼくは計算外…?」

桃色に飛び付かれた紫だが、緑を見据えて繰り返した。

「早う。」

「わ、分かったよ。じゃ、行ってくるね。」

緑は、急かされて焦り乍ら百八十度振り向いて、広場の縁の、下生えの途切れた箇所へ向かって歩き出す。

「迷子にならないように気を付けてね。」

「俺はそろそろ卵投げの練習に行くかな。」

水色の言葉と,立ち上がる青の呟きとに、緑は「うん」と答えて、森の闇の中に這入って行った。


「で、いつのまにか起きてた水色、食べる?」

「……うん。」

3

「――でもやっぱりオレってコウノトリの中でも結構エリートだからさー、……あ?」

「結構エリート」な自分に任せられた其の双子の泣き声にやっと我に返ったコウノトリ。早速の兄弟喧嘩の御様子。

「ヤッベ全然時間ねえじゃん! クソッ早く行かなきゃ……ごめんね、ほぅらいい子だから泣かないでくださいね〜。」

コウノトリがひらりと羽を靡かせると忽ち、双子は一人ずつ白い布に柔らかに包み込まれた。するりと結び目が出来上がる。

「うしっ、まだ予定時刻には間に合う!」

あたふたと嘴に二つの包みを引っ掛け、地を蹴って勢い良く羽搏くと、周りを取り巻く白い幕が取り払われたかの様に景色が一変し、朝日の到来を待つ濃紺の大海原の上空に飛び出した。


夜明け前の暗い空を、一羽のコウノトリが大あわてでスッ飛んで行きます。そのくちばしに双子の赤ちゃんをしっかりとくわえて、急ぐ急ぐ!

これは、昔、昔のお話です。赤ちゃんマリオとヨッシーのお話です――