ヨッシーアイランドの解釈の一例

一章

1

枝を大いに広げた木々が左右から覆い被さる、馴染みの散歩道。緑は普段通り、垂れ下がる蔦をくぐり,清流に架かる倒木を渡って、左へ右へうねる細い径へ歩みを進めた。周りには、時折聞こえる小鳥の囀り,森の上を走り抜ける葉擦れの波以外なんの音も無く、其の中に靴底と下草や落ち葉との擦れ合う音が時折抛り出されては、溶けて消えて行く。二人並んで歩くぐらいが精一杯の此の径の両脇は、胸程の高さの緑が所々に這う様に茂り、赤・黄・青の鮮やかな花が咲いて――いるのだが、普段より早い時分なので薄暗く、余り目立っては見えない。

緑には、どうして自分が此んなに早く起き出して来たのか解らなかった。唯、なんとなく目が覚めてしまったのだ。紫はどうしてか急かしてくるし、今日は一体なんなんだろうか。紫の不可解な言動はいつものことだけど。まあ、普段は森のむこうに太陽が顔をのぞかせてから起き出すので、この時間帯の森の様子は少々目に新しい。


葉群れの合間からちぎれちぎれに見える空は、数分歩く間に、刻々と赤らんで来た。もうすぐ朝日がこの森に満ちる、其んな確かな予感を抱かせる情景だった。そして更に少しのち、丘の向こうの太陽から初めて森へ投げ掛けられた光線は、遮る木々を擦り抜け、漂う朝靄を突いて、森の地面や木肌に幾つもの光の切れ端を落とした。照らされた花々は目を覚ました様に輝き出す。思わず緑は、立ち止まった。

直後、頭上から騒々しい音が響いた。折り重なる枝をへし折って何かが落下してくる音――然う理解して緑が仰ぎ見ようとするや否や、背中に甚大なる打撃を受けた。両脚を踏ん張ってなんとか耐える。

「――、なんだ!?」

脚の痺れが引くのを待ってから、改めて勢い良く振り向くと、背中の鞍の上には、両腕で抱えるくらいの大きさの真っ白い包みが鎮坐していた。緑はぽかんと口を開けて数秒固まっていたが、上半身を大きく捻って恐る恐る腕を伸ばし、其の下に手を差し入れようとする。と唐突に、くるまれた中身がもぞもぞと動めき出した物だから、緑は縮み上がって手を引っ込めた。緑の思考は、目の前の物体を理解する為に高速回転を開始した。犬か? ネコか? クリボーか? はたまたパンジーさんの子どもか?

とに斯く其れは、内側から、二重になった結び目をほどこうとしている。そして程無く、二つの内、中側の結び目がはらりと緩み、其の隙間から白っぽい皮膚の小さな両手が突き出した。緑はもう一度ビクッとした。白と言っても、桜色と橙色の中間辺りの色味を帯びていて、ヨッシーの体色には中々見られない色である。こんな色の生き物は知識にない。

怪しい風呂敷包みから飛び出た二本の腕は、固く結ばれているらしい外側の結び目をほどくのに苦労している様だった。緑は手助けしてやろうかとも思ったが、やはり不気味に揺れる包みの中にどんな生物が封じ込められているのかと考えると恐ろしく、背中の上と謂う、ヨッシーに取って最も無防備に近い部位に載っかった何かを、引き続きぽかーんと眺めているより外に無かった。

遂に、二つ目の結び目も解かれた。包みは包みでなくなり、正方形の布として緑の背中に柔らかに垂れた。其の中央に、鞍を跨いで坐っていたのは――

「っなな、…何?」

こんな姿は見たことがない、少なくともこの辺の人ではない、全然知らない、よくわかんない。体に不釣り合いに大きな赤い帽子を冠り、布おむつを穿いた、此の近辺では見られない人間の赤ん坊であった。帽子の額の部分には、白丸に収まった赤い〈M〉の字が縫い付けられていた。緑は、へたんと膝を突いた。

赤ん坊は緑と目が合うと、『いよっ!』と云った風に片手を挙げた。とりあえず何かの赤ちゃんである事は、緑にも判った。どうやら恐ろしい生き物ではないらしい。「…いよっ」と片手を挙げて答えると、其の子は両腕を広げてキャッキャと笑った。

「えーと……。君、どっから来たの? 空?」

「あぶぅ?」

緑の背中に両手を揃え、向かって右に首を傾げた。

「〈M〉って、名前?」

「えむぅ?」

左に首を傾げた。

「んー…、じゃあ、おなか空いてない?」

「むぅ。」

こくり、頷いた。

「みんなに会わせようか?」

「むぅ。」

こっくり、頷いた。

「じゃ、行こう。多分もう起きてるよ、みんな。」

緑は立ち上がった。と、其の拍子に、赤ん坊の御尻の下から、はらりと一枚の紙切れが舞い落ちた。少し褐変した、小さな長方形の紙。積もった落ち葉の上から拾って見ると、其の上には、出っ張ったり凹んだりといびつになった大きな形状が一個、紙の三分の一を占めるぐらいに、端からはみ出して単色で絵描かれていた。其の周りに幾つかの小さい点々が、夜空の星の様に散らばっている。大きな形状の中には、山らしき図形が連なっていた。これは――‘ちず’というヤツだろうか。

而し緑にはチンプンカンプンだった。

「…ま、とりあえずみんなの所へ行こうか。」

緑は、‘ちず’を折り畳むと、さっき迄一人で歩いていたのと同じ方向に足を踏み出した。気付けば夜の空気はすっかり洗い流されて、跡形も無かった。

「落ちないように、ちゃんとつかまっててよ。」

緑は背中で言った。