一章
2
「っひゃー
緑色の靴を抛り出し、朝日を浴びる森の小川に赤ヨッシーが飛び込んだ。眩しい水しぶきが飛び散り、辺りの大小の丸石を濡らす。
「キャーッきもちいー!」
後を追って桃色も盛大なしぶきを上げる。
「ほら早くおいでよ水色! オニさんこちらっ!」
「あぶないよぉ、すべって転んじゃうよぉ。」
不安気な声を上げ乍ら水色が怖ず怖ずと流れに踏み込んだ途端、其処へ向かって水掛けの集中攻撃が始まった。バシャバシャと云う水音とキャーキャーと云うはしゃぎ声とが混ぜこぜになって、周囲一帯に弾ける。
三人は鬼ごっこをしているのである。水色は本々乗り気でなかったのだが、赤鬼に捕まって強引に鬼とされてしまった。この二人が相手では、飽きて遊びが終わるまで鬼を続ける事になるんだろうな——水色はずぶ濡れになり乍ら思った。
然て、左右から森に挟まれた此の川原は一面、角の丸まった灰色の石に覆われている。中央に流れる清流は、一回の幅跳びで
川岸から五歩程離れた平坦な木陰には、大き目の石で囲われた小さな焚き火が、殆ど消えた状態で燻っている。隣には木の葉で出来た例の容器が置かれ、赤や黄色の果物が数個、中に這入っている。其の周りに居るのは茶色・紫・黄色ヨッシーの三人。少々太い黄色は火に背を向けて寝転がり、未だに眠っている。紫は騒々しいあちらの鬼ごっこ三人組を眺めている。川に対して斜めに背を向けて坐った茶色は、木の枝に串刺しになった焼き魚に齧り付いている。
其の横を、蝶が一頭通り過ぎて行った。川上からは優しいそよ風。
「今日の日和は、卵に止まる蝶々の如きよ。」
紫が、天を仰いでぼそぼそと呟いた。茶色は片手に持った串を口から離した。串には魚の頭側の半分程が残っている。
「
「……卵なればこそ。」
正に其の時、茶色の背後から冷水がブッ掛かった。茶色は振り向き乍ら立ち上がっていきり立った。
「ちょっと気を付けてよ、魚濡れちゃったじゃん! 遊ぶんならあっちの方とかで、のわっ」
此ちらに気付いた三人に向かってのしのしと
「わあ、おみごとっ。」
「ヘヘ、我ながらいいジャンピングキャッチ。」
「「すべって転ぶ」って、ぼくら三人について言ったんだけど…。だいじょうぶ?」
茶色を覗き込む水色。小石の転がる平らな面に俯せになっていた茶色は、鼻をさすり乍ら起き上がった。
「大丈夫……魚返して。ありがとう赤。」
「さっさと喰っちまえよ。」
串が茶色の手に返った時、残った魚は更に半分になっていた。半分は赤の口腔内だった。
「緑が来る。」
焚き火の側に戻った茶色が魚の残りを頰張った時、唐突に紫がぽつりと言った。茶色は口の中の物を呑み下して、耳を澄ました。後ろのバシャバシャがうるさい。
「緑が?」
直後、紫の背後の茂みがガザガザと揺れ、暗くなった木の後ろから緑が姿を現した。
「はーい、緑でーす。」
「おお、緑だ。遅かったね、何か面白い物…うわぁ何それ!?」
「
串としての役目を終えた木の枝を火の側に置いて、茶色は緑の前に飛んで行った。正確には、其の背中の上の変な生き物の前に。川辺を走り廻っていた三人も、緑の帰りに気付いて駆け寄って来た。
「ねねね、どうしたの、拾ったの?」
「えー何それ、サルかな…?」
「キノピオじゃね?」
「でも、頭の形が違うけど……」
桃色と赤も興味津々,水色は少々不安気だ。四人で赤ちゃんを取り囲み、騒ぎ立てる。赤ちゃんの方も亦、周りに突然現れた沢山の顔に、目を真ん円くした。其の騒ぎに黄色もやっと起き上がり、いかにも眠い空気を漂わせて寄って来た。
「なぁに、なんかおいしいもの?」
「キャーかわいーぃ! だっこさせて、だっこさせて!」
桃色は其の場でぴょんぴょん跳び跳ね、何から言えば良いか分からず口をぱくぱくしている緑の返答を待たず赤ちゃんを取り上げて頰擦りをした。
「あっズリィ、オレもオレも!」
「かわりばんこねっ、きゃぁやっぱりかーわいー!」
「でも危なくない? どんな生き物か分からないんだよぉ…。」
暫くの間、騒々しい声が辺りを駆け巡った。小さな新参者は順にぐるぐる廻されて、散々目を回した。緑は取り合えず、みんなが落ち着く迄放っておく事にした。紫だけが其の場を動かず、赤ん坊が手から手へ
やがてヨッシーたちは平静を取り戻し、緑は一通り今朝の出来事を説明した。地図に就いても意見を募ったが、皆、緑と同じ様な物であった。
何と無く黙って坐っていると、茶色が思い付いた様に言った。
「あ、じゃあ僕、青呼んで来るね。その子について何か分かるかも」
「青、タマゴ投げの練習であっちの原っぱだって。」
緑が「どこにいるの」と訊く前に、桃色が補った。
「また転ばないようにね、茶色。」
「水色は心配しないでよ、かえって転びそう。」
今赤ちゃんを抱いているのは水色。一度抱っこしてみると、先の不安も和らいだらしい。赤ちゃんの頭を撫で乍ら心配そうに言うと、茶色は笑って背を向け、下流へ向かった。
「鬼ごっこの続きやろーぜ、緑も混ざれよ」
赤は、赤ちゃんを弄くり回すのにもう飽きた様子。
「いや、まだ
桃色が間に割り込んだ。
「わたしがとるの手伝ってあげる、競争だよっ。」
「じゃあオレも、負けてらんねぇ!」
さっきみんなに取り囲まれた時と同様、緑が何も言えない間に、戦いの火蓋が切られた。二人は川岸の、互いに離れた位置へ駿足で瞬時に移動し、大口を開けてカメレオンの様に、岩の陰になった深みに長い舌を伸ばし出す。注釈しておくと、ヨッシーとしては普通の行動である。
「えーと…僕も参加してるのかな。「競争だよ」って僕に向かって言ったんだよね。今僕の魚獲ってくれてるんだよね。じゃあ参加しないとマズいか。うん。」
取り残された緑も、二人の中間辺りに立ち位置を定めて舌を伸ばそうとした。が、決着は直ぐに付いた。
「ろえらぁ〜!」(「とれた」)
桃色が叫ぶ。其の舌の先に、日光を反射して銀色に輝く細身の魚がばたばたしていた。
「あーっチクショッ!!」
赤が地団駄を踏んだ。緑はもう
枯れ枝を補給された火は多少息を吹き返して、小さな炎を上げている。其の横でよく焼けた魚を頂く緑。
「どーお、おいし?」
桃色も同じく焚き火の側に腰を下ろし、抛り出した自分の両脚の間に赤ちゃんを寝かせている。
「んー…、おいしいんじゃない? 普通程度に」
「とーぜん。わたしがとった魚だからね、えへへ。」
紫は相変わらず黙って空を眺めている。黄色は残っていた果物を口に詰め込んでいる。水色は木に寄っ掛かって、読書に耽っている。さっきの競争に負けた赤はまだ納得できないらしく、川でざばざばやっている。
すやすやと寝息を立てていた赤ちゃんが、ふとむずかり始めた。
「あや、どうしたんだろ。」
桃色は取り合えず、帽子の上から頭を軽く撫でる。
「ああ、お腹が空いてるんじゃない?」
緑は、赤ちゃんが降って来た直後の事を思い出していた。
水色が、手元の活字の並びから視線を上げた。
「…あぁ、たしか猿なんかの赤ちゃんは、母親の出すお乳を飲むって……」
そして三人で顔を見合わせた。乳なんて出しようが無い。
「——桃色、根性で出すんだ。」
「いやムリでしょーが、っていうかなんでわたしなの。」
其処へ、のそのそと黄色が這い寄って来た。最後に残った一個の赤い実を持って。
「たべる?」
差し出された果物を見て赤ちゃんはピタリと泣き已み、腕を伸ばした。果物が黄色の手から渡ると、赤ちゃんは其れに齧り付いた。鮮やかな橙色の果肉。
「……えー……」
水色にちらりらと視線が集まった。水色は首を傾げた。
「——あっ、僕それ一個も食べてないって」
緑は気付くのが少し遅かった。
間も無く下流方面の川原に、茶色と青の姿が見えて来た。青は麻袋らしい大き目の袋を肩に担いでいる。緑は立ち上がり、歩み寄り乍ら呼び掛けた。
「遅かったじゃーん」
「やー、青、ずーっと遠くまで行っちゃっててさあ。」
二人が小走りで近付いて来るに連れ、袋の中身がガロガロと音を立てているのが聞こえて来た。卵が這入っているのだろう。
「で、何所だ。猿みたいのってのは。」
充分近く迄来た処でドサッと袋を下ろし、青が面倒臭そうに言った。
「この子だよ、この子。」
小さくなって行く果物を両手で押さえてはぐはぐ威勢良く齧る赤ちゃんを抱き抱え、桃色も寄って来た。
「わたしが世話するんだよっ。」
「あっ、独り占めする気か?」
赤が、伸ばしていた舌を口の中に仕舞ってすかさず嘴を挟んだ。
赤ちゃんが最後の一口を呑み込むと、青は怪訝な顔付きで覗き込んだ。赤ちゃんも覗き込み返した。赤ちゃんの手に残っていた木の実の短い茎が、ぽろりと落ちた。
「——ヒトの赤子だな。此の歳で果実を喰うのは妙だが…。」
青は顎に手を当て、殆ど独り言の様にぼそりと言った。
「——ひと?」
其の時ふと、嫌〜な臭いがヨッシーたちの鼻を突いた。思わず互いに顔を顰め合う一同。
「湿しを外してみろ。」
青の指示で桃色は赤ちゃんを地面に寝かせ、おむつをほどいた。——中は、好ましからざる状況になっていた。
「世話をしてくれ。」
青は興味無さそうに言い放った。赤ちゃんはにこにこと楽しそうだった。桃色は少し泣きたくなった。
「で、ひとって?」
青を加えた六人、緑・水色・黄色・紫・茶色・青は心持ち集まって、緑が改めて切り出した。「集まって」とは言っても、青や黄色は仰向けに寝転がっているし、紫もぼーっと遠くを眺めているのだが。環の外の桃色は何やら呻き乍ら、赤ちゃんと其のおむつをいかにして処理すべきか悩んでいる様だった。赤はもう、魚を捕まえては放し捕まえては放し、を幾度も繰り返しているが、まだ満足しないらしい。
「以前何かで読んだ。——」
青は横になった儘、桃色の方、赤子の方をちらりと見やった。
「ヒト。人間とも呼ぶ。比較的キノピオに近い種だが、個体数は少ない。大陸でキノピオ達に交ざって暮らしているそうだ。」
「そうだ、ぼくも読んだよ。あっちの王国の王族はヒトなんだって、本に書いてあったっけねぇ。」
水色が、嬉しそうに相槌を打った。
「ん、あの本はお前からの又借りだったか。」
「大陸かあ。青は行った事あったっけ?」
茶色が腕組みをして目を瞑った。想いは遥か、北方の大地へ。
「まさか。誰と勘違いしてんだよ」
尻尾を摑んで引き擦り戻された。
「ああそうそう、これを見てもらわなきゃ。」
緑は、風で飛ばない様小石を重しにして手許に置いていた紙切れを拾うと、青の横へ
「地図か。あー……、此の陸地が大陸だろうな。とすると恐らく此の島は此の辺り……。よく分かんねえな」
「っでアぁあっオレ下流にいるって!」
青が言い切ろうとした処で突然、川の方から赤の叫び声が飛んで来た。同時に水しぶきが六人を襲った。
「ナニ洗ってんだよ気ィつけろ!」
「キャーごめんごめんぜんぜんわすれてたぁ!」
川岸に逃れて肩を
「あ〜、水浴びるの今日二回目だよ…」
「こら、此の下流にも住民
反射的に地図を体の陰に隠していた青が桃色を睨んだ。が、当の桃色は聞いていなかったので、其の儘後ろに倒れる様に再び寝転がった。
「あぁ、此れ返す。持ってな。」
青から差し出した地図は緑の手に戻った。
結局の所、下流住民に対する配慮と謂う奴に
然うして、約七人の環視の中、桃色が四苦八苦し乍ら赤ちゃんに新たなるおしめを着せようとしている時の事。
「光。」
紫が、山の方を見詰めてのたまった。他のヨッシーたちも、其の視線を辿って振り向いた。桃色も手を止めて、立ち上がった。
「あ〜、光ってるねー…。」
山の向こうの高い山々の、更に向こうの雪山のてっぺんに、白く強い光がゆっくり明滅していた。
「青、あれ何?」
「…知らん。」
呆然として目を奪われる八人。其の儘暫し立ち尽くしていた。
「だあぁ〜! うぁ〜あ〜ん!」
「あっ、ごめんごめん」
丸裸で放置された赤ちゃんが猛然と抗議を始め、我に返る桃色。しゃがみ込んで仕事に戻ると、赤ちゃんは大人しくなって、小さな
間も無く紫の視線の先で、光は消えて行った。同時に、桃色の様子を見兼ねた青の両手の先で、おむつは着せられて行った。
「今の声、な〜によォ?」
「ヨッシーじゃないこーえが聞こえたねー。」
茂みの奥から、更に又別の、歌う様な声が聞こえて来た。
「此処で復た増えんのかよ、只でさえ人数多くて混乱し掛かってんのに」
青が溜め息を
「こんにちはー、皆さんー。」
茶色が前へ出て挨拶を始めた。
「やーパンジーさん、実は今日は珍しいお客さ—」
「うわー赤ちゃんだー!」
青の抱える赤ん坊を見つけるや、二人は茶色の左右を抜いて駆け寄って来た。
「どーしたん? どーしたん?」
目を円くする黄色パンジーの、ひらひらする花びらを、赤ちゃんは摑んで引っ張った。
「あだだだだだだだだ! 痛い! 痛いから!」
「くじけないでー、これは試練なーのよ〜。」
白パンジーは無責任な歌を朗らかに歌い上げた。
斯く斯く
「ああそうだ、パンジーさん、」
二人へ向かって緑が尋ねる。
「さっき、山が光ってるの見た?」
「えー? 知らなーい。」
「わたしたちはいつだって光り輝いてるけどネー!」
「ねー!」
「——帰って貰え。」
青が、口をへの字にして零した。
騒々しい二人組が、やたらめったら明るい歌を森に振り撒き乍ら草原へ帰って行ったのは、昼を過ぎて大分経ってからの事。確かに綺麗な歌声ではあるが、合唱するでもなく其れ其れ好き勝手に歌っているので、かなり耳に障る。
其の後ヨッシーたちは、川原や其の周辺の森の中を走り回ったり,卵でキャッチボールをしたり,水色は物語を読み耽ったり,桃色・黄色は頰杖を突いて、赤ちゃんの一挙手一投足を飽かず眺めていたりして過ごした。赤ちゃんは随分と大人しくしていて、おむつ替えの為に桃色の手を煩わせる事も無かった。
然うして、まだまだ気の早い春の夕暮れ。西に沈み掛けた太陽は、島の大地と其の木々を
川原には、何ともこころよい、魚スープの芳しい匂いが漂っていた。
太陽の光に埋もるまいとして明々と燃える焚き火の周りには、ヨッシーたちが、思い思いに談笑していた。其の表情、心の底迄満たされた、とでも言い表すべきか。赤ちゃんは水色や青の辺りを四つん這いでうろついている。
川縁で水を掻き回す様な音を立てているのは茶色。今日の夕食の準備・片付け当番である。今は、さっき迄焚き火の上に載っていた浅目の鍋と,金物の皿八枚,玉杓子,スプーンなどを、流水で濯いでいる。
「騒々しくて嫌になるな、ああ云うのは。」
青が、食後の果物を齧って溜め息を吐いた。パンジーさんの事だ。
「俺もどうも苦手だよ、あの二人。」
茶色が苦笑いをする。水色などが頷く。
「えー、いいじゃない。わたしはうらやましいなぁ、あんなに元気なの。」
桃色がにこにこと割り込む。
「いや、お前は十分元気だから。」
赤が横目で言った。
緑は、丸い砂利の広がる地面の、焚き火から少し離れた位置に薄い帳面を拡げ、寝っ転がって鉛筆で何やら記している。其の側へ赤が這い寄る。
「早く書かせろー。」
「待ってて、すぐ回すから。」
共有の日記帳の様な物である。緑は帳面を引き寄せて、赤に背を向けた。
「ノロいぞー。」
赤は元居た場所に引き下がった。赤ちゃんが其の腕に纏わり付く。
「緑…手暗がりが出来てる。目ぇ悪くするよ。」
水色の忠告。
「だーいじょうぶ、すぐ終わるから。ご心配ありがと。」
今日はびっくりすることがあった。朝、森を散歩していたら、突然空から赤ちゃんが降ってきたのだ。青に聞いたら、ヒトの子だと言っていた。
ヒトの話は前から時々耳にしていて、一度は見てみたいと思っていたけど、こんなふうに会えるとは思わなかった。うれしさよりは不思議さのほうが強い感じ。どうしてこんな、大陸からずっと離れた島に、ヒトの赤ちゃんなんかが降って来るんだろう?
「あー桃ーっ、おむつ替えておむつー!」
思考の中に、赤の声が割って這入って来た。
「まーたぁ!? んもぅ、さっき洗ったの乾いてるかなぁ。」
桃色は面倒そうに立ち上がり、茂みの方へ歩み寄る。木の枝の一つには、先程洗ったおむつを掛けて干してある。手を伸ばして、手元に手繰り寄せる桃色。
「あ、だいたい乾いてるね。よかった。」
戻って来て赤ちゃんを地面に寝かせ、おむつをほどく。
「あーあー、どうしてこんな風になるかなー。」
「ヒトは然う云うもんだ。食べた物を全て吸収できない。」
ぶつくさ言い乍らおむつをほどく桃色に、青が言う。
とりあえずみんなに見せてみたら、受け入れてくれたみたい。桃色とかは特に気に入っていて、今のところ世話は桃色がすることになってしまっている。
この調子で行ったら、これからみんなで世話をして育てていくことになるんだろうか。
「もうこれ巻かないでいいんじゃないー?」
取って来た白い布を振り回し、辺りに疑問を投げ掛ける桃色。
「いや、やっぱり垂れ流しは好ましくないかと…。」と、茶色。青も赤も同様に認めなかった。
「いいよ、本人に頼めばいいから。ねえ赤ちゃん、」
桃色は赤ちゃんの方に向き直る。
「出さなきゃいけないのは聞いたけど、これを巻いたまましないで。どこか人が踏み込まないところ、木のかげとか探してから、脱いでしてね。おぅけぃ?」
「解ってるのかなぁ。」
側に居た水色が、眉の辺りをひそめた。
まあ、どうにかなるさ。ひとまずは、仲間がひとり増えたことを喜ぼう。
「あぁ桃、今ここ食器すすいでるんだから、おむつは下で洗ってよ。」
鍋をガッシャガッシャやり乍ら、茶色が振り向いた。桃色は今、新しいおむつを結び終えて、汚れ布を持って立ち上がろうとする処。
「わかってるわかってる、わたしはあやまちをくり返したりしないもん」
澄まし顔で手を振る桃色。
「被害は赤だけに留めとけな。」
青がダメを押す。
「昼は災難だったねぇ赤。」
「あの慌てっぷり、もう少し落ち着いててもいいよね。」
緑・茶色がくすくすと笑う。
「お前らいい加減に黙れって。…あ、緑終わった? どんなの書いた?」
「特に面白いことは書いてないよ。」
緑は赤に帳面と鉛筆とを手渡した。
茶色は食器を洗い終え、桃色が川岸にしゃがんでおむつを濯いでいると、赤ちゃんが這い寄って来た。そして、水が泡立ち,渦を巻いて流れて行く桃色の手の先を、暫く興味深気に見ていた。桃色は其れに少し頰笑んで、特に声は掛けずに洗い続けた。
流水から布を取り上げ、ねじって絞り始めると、赤ちゃんは其の水滴が水面に落ちるのを少しの間見詰めていたが、やがて飽きたのか、桃色の体に片手を掛けて、空を見上げた。
おむつを絞り切って赤ちゃんに目を遣った時、赤ちゃんは川の向こう岸の空に向かって、何かを摑もうとする様に腕を伸ばしていた。立ち並ぶ木々を越えた其の先には、一際明るい一番星が輝いていた。
桃色は少しの間、其の星と赤ちゃんとの顔を交互に見た。其れから赤ちゃんを抱き抱えて焚き火へ戻った。
既にして、太陽はすっかり木々の向こうに隠れて
「そろそろ寝よー」
立ち上がる緑。合わせて周りのヨッシーたちも、膝を突いて立ち上がり始める。
其の時、ふと赤が口を開いた。
「そう言や、何だったんだろうな、あの光。」
立ち上がって視点が高くなると、木々の頭の向こうに遠くの山が見えた。其の姿は殆ど影絵の様になって、日に照らされた左側だけが僅かに赤み掛かっていた。
「…悪しき者——。」
紫が呟いた。赤が訊き返したが、もう何も言わなかった。
緑などは焚き火を砂で埋め、桃色が赤ちゃんを抱き抱えた。緑を先頭に,紫を最後尾に、茂みを掻き分けて木々の間に這入って行く。木の枝に掛けられた白い布が、夜風にゆったりと揺れていた。