一章
6
明け方の薄暗い森の中で、水色ヨッシーはぼんやりと眠そうに坐っていた。周りにはヨッシーたちが横になって寝ている。水色の横で、赤ちゃんも寝息を立てている。
「…お、水色、やけに早いな」
水色は弱々しい声で答えた。
「うん…昨日の変な奴が気になって、眠れなくて。」
「気の小せぇ奴だなぁ。オレは、今日出発するのが楽しみでぐっすり寝たぜ。」
それはず太いって言うんだよ、と水色は言いかけて止めた。と言うか普通、楽しみなら逆に眠れないんじゃないのか。
靴を履いて、伸びをし乍ら立ち上がる赤。
「あ〜あ、なんかやたら早く目ぇ覚めちまったなぁ」
辺りをぐるっと見渡して、「おっ」と何かを見付ける。茶色の体を跨いで忍び足で近付き、其所に屈み込んだ。其の前には、青が背中を向けて静かに眠っていた。
「へぇ、こいつが寝てんの見るのはめずらしいよな。」
青の顔に鼻先を近付けてまじまじと観察する。
「…寝顔はけっこうかわいいンぐぁっ」
無防備になった腹部に衝撃を受けて倒れる赤。横になった
「油断するな。」
水色は其の一部始終を、やはりぼんやりと眺めていた。
朝の白い光が木々の下に射し込んで来るに連れ、ヨッシーたちは順に起き出して来、寝ているのは黄色だけとなった。
桃色はいつも通り茂みの中に這入って、大きな葉を器にして果物を採っている。手伝いに呼ばれた赤・水色・青・紫・緑も其の近くに分散していたが、赤はどうも木に登ったりして遊んでいる。
「……まだ熟していない。…此の色は甘みが少ない。…小さ過ぎる。」
「青〜、あまりこだわんないでいいよ〜?」
一向に器の上の果物が増えない青に、桃色が困った様な声を掛けた。
「いま食べる分のほかに、持ってく分も採らないといけないんだから。」
然う言って他のヨッシーたちに目を遣ると、紫の器の上にはどっさり集まっている。而し載っているのは、緑色だったり茶色だったり
「紫はちょっとはこだわってよ〜!」
「食い得ぬ事は無い。」
紫は、明らかに熟していない薄緑色の実を手に取って齧り付いて見せた。
「あ〜ん、足して二で割りたい」
桃色が体を揺すると、器から実が数個転げ落ちた。
茶色は食料集めに参加せず、先程迄ヨッシーたちが寝ていた辺りで、うんうん呻いていた。埃っぽい
「うーん、こりゃどうやっても入らないよ。」
鍋を片手に取り上げて呟く。紫が応えた。
「置いて行けば
「そんな、おナベがなきゃおいしいもの食べられないよ」
茶色の横で口を開けてぐっすり眠っていた黄色が、ガバと起きて主張した。
「あ、黄色、起きたなら手伝って」と桃色が呼ぶ頃には黄色は復た眠りに落ちていた。
「んもぅ」
「どれ、貸してみろ。」
直後に青が戻って来ると、木の実を傍らに置き、茶色に手を差し伸べた。
充分な量の食べ物が確保された後、緑は「水を汲んで来るよ」と言い遺して、金物の水筒を三本程持って一人川へ向かっていた。
——これを汲んで戻ったら、支度は完了。すぐ出発するだろう。僕も含めてみんな楽しみにしてるし——まず森を出て、原っぱを渡って——ああ、この森にも何年住んだっけなぁ…
取り留めの無い色んな事を考え乍ら、飛び出た枝を
異変に気付いたのは、もう少し近付いた時だった。
「っちょっとみんな来てー、川が変〜!」
赤が、未だに眠りこけている黄色の脇腹を爪先でつついていると、木々の向こう側から緑の声が聞こえて来た。
「何だ、変って。」
青は鞄の中に有った紐で鍋を茶色の肩に結わえ付け乍ら、声のする方へ首をひねった。即座に水色・桃色・紫が見解を述べた。
「水が逆流してるとか」
「水が止まってるとか」
「魚がコサックを踊っているとか」
「……最後の、想像が付かないんですが。」
鍋を背負って不満
「変って何だァーっ!」
「あのー、えーと何てんだっけ、濁ってんのー!」
返事は直ぐに戻って来た。
「——濁ってる?」
「青、ちょっ痛い痛い」
茶色が肩を紐で締められて、もがいた。
「って言うかやっぱり鍋を背負うのはどうかと思うんですけど」
やや暫くして、緑以外の七人のヨッシーたちが川原の方にやって来た。
「うわ、きったねぇ水」
垂れ下がった
「こりゃあ飲めないなぁ。」
後を追って茶色が川原に足を踏み込んだ。背負った鍋が横の木の幹に当たって鈍い音を立てた。
「ね、濁ってるでしょ。——水の量は増えてなくて、ただ濁ってるみたいなんだ。」
もう一度ぐるりと川原を見渡す緑。
「上流でなんかやってるのかな。」
茂みの中から、桃色が頸を伸ばして言った。桃色の背中の赤ちゃんも頸を伸ばした。其の後ろに他のヨッシーたちが続き、水色が鞄を背負っている。
茶色は川に手を浸し乍ら、
「ちょっと見に行ってみようか?」
「なにもなかったですよ〜。」
予期せず、頭上から声がした。一斉に見上げると、空の青を透かして、頰笑んだ様な顔の‘おたま’が一匹浮かんでいる。其の姿を見て、川原に辿り着いた桃色が言った。
「あっ、近所のみんなにあいさつしてくるの忘れてた。」
「いいよめんどくさい。」
赤が
「だめだよ、ちゃんとあいさつしていかないと…」
「おはよう、みなさん。けさはまたなにやらニモツにナベなどもって、いっしょにどこかへおでかけですか。」
おたまが話し始めた。
「うん、ちょっとね。遠出するんだ。」
緑が答えた。
「それはどうして。」
「いや、大した目的はないんだけどね。どっか別のところ行きたいなーって。」
「では、どこへいくんですか。」
桃色が、赤ちゃんを手に抱いて言った。
「とりあえず山の方めざすの。赤ちゃんが指さすから」
「へえ、そのあかちゃんが。」
其の場で二周回転するおたま。
「それで、水を汲んで持って行こうと思ったんだけど……」
緑が再び川面に目を遣った。
「この状態だよ。」
「で、何もなかったってのは?」
赤が尋ねる。
「はい、ぼくはきょう、日ののぼるちょっとまえに、水をのみにここへきました。でもそのときにはもうすっかりこのようににごっていましたので、ようすを見にさかのぼってみました。しかしどこまでいってもずっとにごっていますので、もどってきたのです。」
「じゃあ、もっとずーっと上流か。」
「予定変更して、原っぱじゃなくて川を辿って出発する事にしようか?」
茶色が提案する。
「そうだね、必ず原っぱを通らなきゃいけないわけじゃないし。」
「途中でちかくの人に会えたらあいさつできるしね。」
「くだものがたくさんある方がいいなぁ。」
緑と桃色と黄色が賛同した。
「でも、この川は少し上行くと川原がなくなるから、歩きづらいじゃん。」
赤が反対する。
「それに、せっかく旅立ちだってのにいつもの森ん中通ってくのヤだし。」
「おなかが減るのはやだなぁ。」
黄色も反対した。
「でも、上流がどうなってるか気にならない?」
茶色が赤を説得しようとするが、赤は答える。
「オレはとにかくさっさと出発したいんだよ。」
其の時、腕を組んで聞いていない様な顔をしていた青がふと口を開いた。
「此の川は大きく迂回している。予定通り針路を山へ取って数日進めば、屈曲して来た上流に突き当たる筈だ。」
赤はポンと手を叩いた。
「そら、上流の様子ならわざわざ、さかのぼらなくても分かるってよ。」
「だったら…それでもいっか。」
茶色と緑は頷き合った。
「ええっ、あいさつしてけないじゃない」
桃色が抗議する。
「どこにいるのかすぐ分かんねえし、別に言うことなんかないだろ。あきらめな。」
「まあ、今日の午前中には出たいからねぇ。」
赤と茶色が言った。桃色は、ぶう、と頰を膨らませた。
「では、いつもどるのですか?」
もう一つ、おたまが尋ねた。ヨッシーたちはふと固まってしまった。戻る時のことは考えてなかった。
「……あっちの方がどんな所なのか分からないから…」
緑が呟く。自分に問い掛ける様にして。
「数ヶ月で戻って来るかもしれないし、もっと掛かるかもしれない。」
「まあ、気ままにやって来るから、」
赤が、『もういい』と云う風に両手を振った。
「早く行こうぜ。昼んなっちまう。」
「ぼく、もうおなかへってきたよ。」
黄色が呟く。
「じゃあ、みんな出発していいかな? 忘れ物はないね?」
口々にはーいと返事をする。桃色は不満そうに川面に目を遣っていた。
「それではいってらっしゃい。」
おたまは渦を描き乍ら飛び上がる。と、空中で思い出した様に停止し、「ももいろのヨッシーさん、あいさつのことはよろしくおまかせあれ。」然う言い残して木々の枝葉の向こうに消えた。桃色は突然自分が呼ばれてきょとんとしていた。
「さて——、」
緑は川の下流を振り返った。生い茂る木々の向こうに、きらきら輝く野原の草が見え、山々が遥かに青く霞んでいる。
「行こう。」
緑は自分で頷いて、足を踏み出した。ヨッシーたちは其の後に従った。
「さぁて、この先にいったい何が待ち受けているのでしょうか!」
赤は心底嬉しそうだった。他のヨッシーたちも釣られて頰笑んだ。緑も笑み乍ら、ふっと視線を横に遣って言葉を漏らした。
「いつ戻るのか、か…」
野原には暖かい日射しが満ちていた。
「ねーそこのヨッシー八人衆!」
「どっか行くんだって〜?」
「さみしくなるねー!」
近隣の皆さんが別れを惜しんで蹤いて来た。先程と別のおたま数十匹に,黄色・白・薄紫のパンジーさん数十人。
「あのおたま…。」
青がげっそりとして
「みんな来てくれてありがとー!」
桃色はにこにこして、お見送り客と握手したり,抱き合ったりしている。
「ねーねーおみやげ買ってきてねー」
「もっかい赤ちゃんさわらしてー」
他のヨッシーたちも、来たら来たで皆と笑い合っている。振り向かず先頭をずんずん進む、赤と青の