2005 年四月の日記

4/7 木、11:14 「私って臆病な人」,〈なのだ〉

ふぬ、忙しい忙しいと言っていたら 1 箇月も日記を書けなかった。

客観と謂うか

最近、何だか知りませんが‘日本語ブーム’らしく、関連する新書等が数多く出版されているので、読む機会が有ります。其所で紹介されていたのが、此んな話。

私って臆病だから。

私って臆病な人だから。

大抵は『後者が最近よく出現する様になって来た。自分の事なのに客観するのが特徴だ。』と扱われています。

其れも然うですが、私はもう一つ別の意識が働いていると思います。其れは、名詞化する事に依って『容易には変わらない生まれ持った性質だ』と云う雰囲気を出している事。

名詞化すると確固とした感じがし、強調されます。名詞は通常 [其所に存在する物] 自体を指しますから、当然人間に取って最も確かな感じがするのです。赤ちゃんが言葉を憶える様子を実際に目の当たりにした事は有りませんけど、推測するに先ず名詞からなのでないかと。大昔、言語が生まれた頃も、先ず名詞が生まれ,追って動詞が生まれ,更に形容詞・副詞が生まれたんだろうと想います。

〈のだ〉の〈の〉

然て、強調される現象は [《用言連体》+〈のだ〉] にも見られます。

把握する必要が有るのが、〈の〉と云うのが、様々の抽象的な名詞の代わりをする名詞であると云う事。此れは「説明しろ」と言われても「然う解釈するのが最も自然だから」としか答え様が無いので、取り合えず受け容れて下さい。もっと自然な解釈が在れば御教授願います。

んで、「山だ。」を強調した「山なだ。」と云うのは『山なだ。』『山な事実だ。』と云う事と考えられます。

不遇の〈な〉

『待て、〈な〉は形容動詞の活用語尾だろ、何だよ「山な」って。』と思う人が居るかも知れません。でも、其も其も〈な〉は、〈の〉(助詞) にも近い、もっと自由に連体修飾を出来る奴なのです。3 月 20 日 23 時の‘一言’でも触れてあります。此れにもう一つ例を与えておくと、[〈独特〉+〈な〉/〈の〉]。此所でも例を挙げれば、

「もっとテキパキできんのか、バカ者。」

「すみません、初めて物で。」

で〈初めて〉に〈な〉が付いている事に文句を言う人は居ないと想います。と言うか〈の〉が付きません。

遡って語源の話をしましょう。〈な〉と云うのは本々〈なる〉でありました。例えば〈完全な〉が〈完全なる〉だったと言えば解り易いでしょうか。で、此の〈なる〉は [〈に〉+〈ある〉] がくっ付いた物。而も、此の〈に〉と云うのが更に〈で〉の親戚なのです。

「何者じゃ。」

「アカナイヤ国の大使ございます。」

の様な表現を見た事が有れば、成る程と思われましょう。

である-
にある〈で〉〈に〉は近い (※近いだけで同じじゃない)
なる〈にあ〉→〈な〉
〈る〉省略

詰まる所〈な〉は〈である〉と同様に用られます。「山事実だ。」が「山である事実だ。」と同じと考えれば、最初の問題にも納得でしょう。「山なのだ。」は「山である事実だ。」なので、強調されるのです。

序でに〈ので〉

〈ので〉は強調ではありません。此処での〈の〉は『理由』等と捉えるのが自然です。「学校が近いので」は「学校が近い (と云う) 理由で」。

4/7 木、12:24 〈ケガ〉〈大ケガ〉

今年に這入ってからの話。NHK ニュースを観ていたら、放送員がちょっと言い間違えをして訂正しました。

○○人が大ケガを…あ、ケガを負いました。

此所に文字だけで書くと、どこから訂正されているのか不明瞭になっています。勿論「大ケガ」を「ケガ」で置換しようとしているのは明らかなのですが、意地悪に読むなら、先の「ケガ」を後の「ケガ」で置換しようとしているとも考えられます。詰まり、以下の様な感じです。

此所のコインは、ファイアマリオでないと、いや、ルイージでないと取れません。

此れでは、結局『ファイアルイージでないと取れない』と言いたいのか、『ルイージでないと取れない』と言いたいのか判りません。〈マリオ〉を置換するか〈ファイアマリオ〉を置換するか判らないからです。

此所のコインは、ファイアマリオルイージでないと取れません。

此所のコインは、ファイアマリオルイージでないと取れません。

や、放送員さんの揚げ足を取りたいんじゃありません。まだ続きが在ります。

最初の例で実際には明らかな理由は、『常識で考えれば明らかだ』と云う事でも在りますが、音読した時に〈大ケガ〉と〈ケガ〉との違いが明確だからでもあります。〈おおけが〉〈け〉。

結論。抑揚って、重要ですね。

4/7 木、14:01 〈と云う〉

〈と云う〉は使用頻度が極めて高い言葉の上,「オイウ」と母音が続いているので、省略されてどんどん化けています。「安全という事」を例に取って挙げてみましょう。

安全という事

もとの形です。

安全っつー事

タ行の面影を残した儘、「オイウ」は「ウー」に大胆に化けました。

安全っちゅー事

似た様な物ですが、「オイウ」の「イ」がチャ行の音に残りました。

安全っていう事

〈と〉がどうして〈って〉に化けるのかよく判らないんですが、引用の〈と〉は全て〈て〉〈って〉に置き換えられます。

安全ってぇ事

〈っていう〉の「エイウ」が「エー」に化けました。

安全って事

伸ばすのもメンド臭くなりました。〈云う〉がもうどこにも残ってません。

4/7 木、14:01 二人の〈なんて〉

なんて大きな学校だろう。

学校なんていう所には行きたくないよ。

一見同じ此の二つの〈なんて〉、別物です。

先ず前者を分析しましょう。此の〈て〉は〈と〉の変化した物です。〈なんと〉は〈なにと (何と)〉で、『どんなに』と云う意味です。『どんなにか大きな学校だろう。』から『此んなにも大きな学校が在るのか。』と云う感嘆の度合いを表します。此の成り立ちから、此の〈なんて〉は〈何て〉と書ける事が分かります。

では、後者は〈なにと〉かと考えてみると……寧ろ〈などと〉でしょう。「学校などという所には行きたくないよ。」

此処で斯う考えましょう。先ず、[〈なに〉+〈ぞ〉] で〈なにぞ (何ぞ)〉(『何であるか』)と云う表現が在りました。此れは〈なんぞ〉に変わり、縮まって〈なぞ〉になりました。(脇に逸れると、此処から〈謎〉が生まれたと聞きました。) 此の〈なぞ〉は〈など〉に変わり、〈等〉とも記される様になりました。詰まり「学校など」は本来「学校、何ぞ」であり、『学校、何であるか』と云う意味だったと云う事です。此れが何で『学校等』と云う意味になるかと云うと、『学校か,何であるか知らないけど別の何か』と二つの物を並列して言っているからです。

以下の様な表が出来ます。

なに本の形
なん撥音便
〈ん〉省略
音の変化

後は、前述の〈と〉と〈て〉との置き換えで、以下の様に変化します。

どと本の形
どて〈と〉→〈て〉
んて撥音便

緑色になった所が、本々〈なに〉だった部分です。だから、後者を無理やり漢字で書くとすれば〈何んて〉でしょうか。

4/13 水、23:03 高 3 平常授業開始 & 自転車

此れから忙しいから、なるべく毎日日記だけ適当に走り書きする事にしようかしら。


昨日、自転車通学許可証を受け取ったので、今朝祖母の手作りの倉庫から自転車を引っ張り出して来ました。ちょっと空気を入れるだけで宜くありました。

冬の間、バス・地下鉄で登下校している間に、自転車の経路の色んな施設が「テナント募集」になってて無常を感じました。

1 時間目は数学でした。先生も 2 年から変わらずハセ先生で、全く代わり映えがしなかったので略。

2 時間目は英語読み (‘リーディング’)。あの先生何て名前だっけ。遅刻したら拳骨だそうな。怖い雰囲気ではない。

3 時間目は体育。第 1 体育館。自分に取って初めて担任となった先生。名前知らん。集合・整列とか。

昼休みは 12:30 から部活動・外局・同好会代表者会議。金曜日の一斉入部に各団体に割り当てられた教室の知らせ。文藝部は普段通り視聴覚室。別段特筆すべき事も無いが、あの割り当て表だけ配って直ぐ帰らせて呉れたら宜かった。其の後弁当食べるのちょっと急いだ。

4 時間目は理科の選択で、私は物理。初っ端から実験だそうで物理教室へ行ったら (実験でない授業は視聴覚室)、黒板に描かれた座席表に生徒が 10 名しか居なくてたじろぐ。文系物理、此れだけかい。誰かが「少数精鋭だ」とか言ってた。2 年から引き続いてのハラ先生に拠れば平年並みの人数だそう。

授業の内容は弦の共振の実験。二人ずつ 5 班。実験台上の‘記録タイマー’(50 Hz) に糸の一端を括り付け,台の端に取り付けた滑車からもう一端を垂らしておもりを下げる。タイマーの位置をズラして共振する所を探す。錘の数を 1, 2, 3 個に変えて試す。張力とか線密度とかで計算して 振動数 f = 50 前後になる事を確かめる。時間無かったので家で確かめたら 44 〜 51 辺りが出て、まあ其れなりか。一緒に実験をした同級生の女子の名前を覚えた方が良かろうな。

5 時間目は初めての倫理。カ先生。倫理とは何かって話。カ先生、やっぱり、いつも何か深く考えようとしてるって雰囲気。よし、昔の人が何考えたか、知ってやろうじゃないの。

29 日の模試の申し込みが今日・明日・明後日の昼休み・放課後だと思って、放課後に進路指導室に行ったら誰も居ない。配布物を確認したら今日明日は昼休みだけだった。ぎゃふん、って変な擬態語ですよね。

4/15 金、22:50 新生ドラえもん

うぉう、おとといの日記の <title> と <h1> とが七日の儘になってた。此んな更新は‘更新の記録’に載せるべしや?


新生ドラえもん、凄い、かなり変わってる。心機一転、と謂う奴ですね。此れなら然う悲観する程でもないかも。

ドラえもんの声は良い選択。ほぼ慣れました。後数回観れば完全に違和感が無くなると思います。| スネ夫もぴったりかと。外の声は特徴がハッキリしない感じ。でも此れも少し続ければこなれるんじゃないかな。

人物の描き方

適度に古い感じが出ていて好い。白目の無いジャイアンとか,其の他諸々の細かい表現が原作と似せてあります。原点回帰か。しずちゃんの顔等は原作とも亦少し違う印象を受けますが、此れで少し熟れれば問題無し。

背景

ちょっとくすんでるかなぁ。もっと鮮やかな色遣いにして欲しい。

背景音楽

印象的でありません。どうも騒々しいし。後者は使い処の問題か。此れは昔の物を継承したら嬉しかった。

効果音

何か合ってない感じです。此れも昔のが良かった。

のび太君ちの間取り

んん、変。何でのび太君の部屋が引き戸でなかったり,其の入り口の真正面に机が在ったり,玄関から階段が見えたり,玄関からの廊下が真っ直ぐだったりするの? 此れじゃ家の外観も変わらない?

タイムマシンの空間の背景

どうも時計が具体的過ぎます。昔の図案化された時計でないと、亜空間って感じがしません。

風呂

ひえー、しずちゃんの風呂がテレビに登場するのって久し振りの様な。よくやった。と言うかしずちゃんの本篇での初登場場面が風呂ですか。

番組導入

女子十二楽坊は結構っす。歌って。| 映像の方で、旧版のアニメに上書きされる前の古い設定が有効になってましたね。余りかわいくないドラえもんの女友達とか。あの辺りの変更は無視して原作設定に復帰?

んー、心機一転・原点回帰も良いんですけど、[F 氏がアニメに介入できた頃のアニメ] をも基準の一つとして欲しかった。特に音楽・効果音周辺ね。タイムマシンへの入り口が開く音は、あの「ニュイィン」以外ではちょっと…。

でも多分大丈夫。次回以降に期待します。

然う然う、番組結びの主題曲、無かりましたね。

4/16 土、23:54 冬の遺した物

午前中、自転車に乗って、我が家の直ぐ近くの雪の堆積場へ行ってみました。写真撮りました。重い。

4/16 土、23:54 ふしぎ発見も新しく

20 周年の節目を迎えた“世界ふしぎ発見!”も、ドラえもんの様に新しくなりました。以下、感想。

撮影室

狭い。鉄骨みたいな構造物が周囲を取り囲んでる上、覆い被さる様な観客席が圧迫感に拍車を掛けてます。どうにかなりませんか。

視聴者とクイズ対決

其も其も〈クイズ〉と云う言葉がふしぎ発見に初めて出て来て違和感が有ります。以前から〈クエスチョン〉ですからねぇ。| 毎回表示される電話番号の画面が流れを悪くしてます。字幕にして画面の下部に表示するだけにして欲しい。無理やり選択問題にしちゃうのも、何が答えか最後迄分からないワクワク感を薄めてる様に思います。

音楽

[出題] [ボッシュート] だけは以前とほぼ同じで違和感無し。番組導入部は、伝統的な「チャーラッチャッチャー」(文字にしても知らないと判らんな) を残した点は好いのですが、繰り返しがちょっとしつこいかな。| [解答作成中] のズンドコズンドコは一体何? 別に嫌ではないけど。

「スタジオから出題」

えー。やっぱり出題は、ミステリーハンターから「それではここでクエスチョンです。」で、「チャチャチャチャチャチャチャチャチャー」(判らんて) が来ないと調子狂いますよ。

いやまあ、でも大丈夫。昨日も似た事を書いた気がする。気になる所も段々改善されてくだろうし、慣れてくだろうし。

4/17 日、22:52 ビーチコーミング

前からの伯母の誘いで、今日の午前中‘ビーチコーミング’と謂うのに参加しました。海岸を歩いて変な物を拾って楽しむ遊びです。

午前 7 時 20 分、伯母に起こされる。「40 分出発だよ。」とか言われて急いで味噌汁飲んで準備。背負い鞄にビニール袋抛り込んでママチャリに乗って 45 分に出発。

何事も無く 8 時 5 分頃石狩市役所に着く。市役所の自転車置き場に置いてバス停へ。乗って‘石狩温泉’停留所へ。(終点が‘石狩’なのはおかしいと以前から思う。何と云う広域名。)“砂丘の風資料館”に裏口から這入る (伯母は半分くらい関係者)。

展示室で『(Power Macintosh) G5 有らぁ』とか言ってると、表口から裏口から他の参加者ら。大人も子供も。おねーさんは少ない。全部で 22 人?

9 時になり G5 前に集合掛かる。Power Point か何かでビーチコーミングに就いて軽い説明 20 分強。説明終わって全画面表示から戻ったらちゃんと Classic 環境で動いてやんの。羨ましい。ウチの動いて呉れない。

‘ビジターセンター’前へ移動だってさ。自家用車で来てる人は其れ其れ其れに乗って,我々等は乗せて貰う。途中雪融け水の逃げ途が無くてデカい池になってた。

ビジターセンターから直ぐ浜へ向かう。此所から石狩川河口迄往復 2 時間歩く。此の女の子らはビーチコーミングが好きらしい。浜に着けば海からの強風。寒い。足下の軽い枯れ草の破片等投げて測った所、秒速 3〜4 m。まあ宜いや、拾い始めよう。

而し何拾えば良いのかよく解らん。此の貝とか漆塗りみたいにテカテカで良いね。拾おうか。

進んで行くと瓶等沢山落ちてる。視れば其の表面にロシア語・韓国語が躍ってる。さっきの説明通りだ、凄ーい。拾え拾え。

あっちで何か在ったって。何よ。人間の顎の骨? 何じゃ其りゃ。

1 時間近く歩いて疲れて来た頃、復たあっちで何か見付けたらしい。行ってみるとアザラシの白骨化した屍骸。肋骨とか頭骨とか見える。びっくりだ。

河口到着。漂着物が一層多い。風が一層強い。秒速 6〜7 m。少し陸側に這入って…今度は何ですか。海鵜の屍骸ですか。肋骨だ。資料として袋に入れてた。

寒いからさっさと帰ろう。でも砂地だからあんまり速く歩けない。でも何とか着く。途中のアザラシも後で取りに来るそうです。うわ雨とか雪とか降って来た。

砂丘の風資料館へ帰った。あぁあったかい。振る舞われた亀田製菓の黒揚げ餅がおいしかった。Qoo 林檎も頂いた。

奥の部屋で机の上に拾って来た物出す。縄を結ぶ孔の開いた突起が二つ有る円い浮きは蛙の顔に見えるので‘蛙浮き’と呼ぶらしい。然うですか、とやってるとさっきの人の骨が出て来た。やっぱり人骨だって。警察呼んだって。鑑識来るって。大変ね。

12 時のバスに乗れるかと思ったけど過ぎちゃった。展示室に在る、拾った物を自由に展示できる所に皆の物を一つずつ置いて紹介文書いて、20 分頃解散。次のバスは 1 時なので此の資料館で暇を潰す。む、あの水槽は何だ。富士壺だ。磯巾着の様な変な物が附着してる。

1 時前、表口から外へ。寒っ。北海道警察の車停まってる。然うか来たか。バス停へ行って丸っ切りの冬景色の中待って乗って市役所へ戻ったら雪已んでて風弱かったので安心して自転車乗って帰る。途中で復た風雪強くなったけど大丈夫だった。2 時帰宅。

最初に拾った貝以外は持って帰ってるので、写真を載せたい物です。と言う物がどんだけ溜まってるんだろう。

4/17 日、22:52 「いわゆる理想というもの」

〈謂わゆる〉は現代語に訳すると〈謂われる〉です。詰まり『(一般に) 呼ばれている』と云う意味です。

だから題の例だと〈謂う〉が重複しちゃって変です。「いわゆる理想」か「理想というもの」かなら OK。

4/17 日、22:52 「俗にいう地球温暖化現象」

〈俗に謂う〉を遣う前に、其れが本当に称なのか考えた方が安全です。私の場合、普段から遣ってる正式な言葉を指して「俗に謂う」と言われるとちょっと不快です。

4/23 土、23:32 忙しいので箇条書き

4/26 火、6:12 忙しいので箇条書き

4/26 火、6:42 更に箇条書き

4/28 木、21:44 ねぶたはもう宜いから

ああもう、うんざり。此れが凡人の限界か。――多少落ち込んでますが、読んで下さる方に不快感をなすり付けない様に気を付けて書きます。

昨日、教室前面の脇の黒板に『学校祭での良い案が有れば書いて』と書かれていました。詰まり、我が北高の学校祭で学級がする事として在るのは大きく分けて三つ、担いで近所を練り歩く [行灯],体育館の舞台で生徒向けに発表をする [全校行事],一般公開日に各教室で店等をする [学級プロジェクト] でして、其れに就いて案を出せ、って言ってるんです。

私は [行灯] に「ひろゆき」やら [舞台] に「狂言」やら書いておきました。そして、其の放課後、学校祭に関して話し合うと言うので教室に残りましたが、其の時は行灯に就いて細かい事は決めず、翌日或る程度纏まった図なり何なりを持って来る事になりました。

他に其の黒板に書いてあった物の内、「小泉 靖国コスプレ」が気になったので、私の案も含めて 3 種類の素案を描いて持って行き、朝提出しました。其れ其れ、今名付けるなら“行こうぜ靖国! 〜遺憾の意を表明する〜”“ひろゆきとゆかいな AA キャラたち”“髭親父 化亀退治之図”とか。此の記事の最後に画像を載せます。

で、今日の放課後。其れなりに明確に行灯の規格に合わせた図を提出したのは私以外に居なかった様です。皆は何やら過去の先輩の作品やら青森のねぶたでの作品やらの写真を机に広げ始めました。私の案を見た人らの感想は、明らかに表に出しては居ない物の、『いやこれはねーよ』と否定するのと『新しくて良いね』と云うのと。まあ予想通りか。

私は別に此の 3 種類の内のどれかをやりたい訳じゃなくて、単に、『伝統的にねぶたの劣化複写をする事を良しとする、北高祭の行灯作りの風潮を打破する勇気を、此の人らが持ってたら良いな』と云うだけなので、傍観していました。そしたら、まあ、1〜2 年の頃と同じく、新しい事をしようとする勢いは冗談めかした弱気の発言の域から脱せられぬ儘に段々衰えて行き,黒板上の選択肢は減って行き,無難になって行きました。天狗がどうした,孫悟空がどんなだ,孔雀が派手じゃないか,迫力がどうの,審査基準が斯うの。私は、4 時半になった事と,残りどれに決まっても相違無そうである事と,明日が模試の日である事とで、帰りました。無言で教室を出て玄関で靴を履き替えていると、先刻『新しくて良い』と言って呉れた人 (すいません、まだ名前憶えてません) が追って来て、「今日はありがとうね、案、出してくれて」と気を遣って呉れました。ありがとう。

察するに、あの場に居た人たちの大部分が、多少なりとも『新しくて良いな』と感じていたんだろうと想います。でも其の思いは、あの場の表層に流れる無難な『これはねーよ』の意識に反する物であり,其の流れに逆らって迄此の行灯を造りたいとも思わないから、其の思いを口に出すには到らなかったのでしょう。[各人が其れなりの『やりたい』と云う思いを持っていても、其れが或る閾値に達しない限りはどこからも動きが起こらず、一人が大いに『やりたい』と思い得ている状態に遥か及ばない]――先日父と話した事です。

思えば1 年の頃から、マリオだの何だのと提案し続けては、同じ流れを辿りました。2 年の時には「(ゲームでは) 文化の程度が低い」とか言われるし。ならば、青森の高校でもないのにねぶた風味から脱却できない常に或る一定の範囲でしか案を出せない評点しか意識しない独創性の無い伝統的な北高の行灯作りが胸を張れた物なのかと問いたい。

私に取っちゃ‘行灯大賞’なんて僅かの意味をも成しません。行灯の評価基準なぞ統一さるべくもないし,別の見方をすれば、良い物を創ったのに高く評価されないとしたら其れは評価基準が作品の価値の形に追い付いていないと云うだけの事だから。

其の私が出した案って謂うのが此ちら

4/28 木、21:44 ニャースって

群れになって暮らすんですね (今日のアニメ)。へぇ。